真直ぐであり『純』へと向かうもの

私が大東流(合氣)の稽古を続けていく理由というか、最大の魅力に感じているもの。

それは真直ぐであり『純』へと向かうものであるということ。

これが技を掛ける(結果を出す)ために何かを誤魔化す方向へ向かうものであったのなら、心を不純な方向へと向かわせるものだったのなら、とうの昔に辞めていたことでしょう。

いくつになっても変に穢れた大人にならず、素直に、正直に、真直ぐに、純粋に・・・

己の不純さゆえに、生涯を通じて己の純粋化を求められるというのが、私にとっては最大の魅力なのです。

どんな時でも真直ぐな道を歩み続けること、己を純な方向へと向かわせ続けることは容易ではなく、そう努めることによってそれなりの『強さ』が備わってくるものだと私は思います。

どんな時でも道を逸れず、真直ぐに歩むことに意義があるのだと

私は強く信じて前に進んでおります。

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