
護身に対する考え方
護身術といえば
いざという時に身を護る術。中でも”暴漢撃退法”というイメージが強いのではないかと思います。いざという時にさりげなく暴漢を撃退してその場を逃れる。そんなカッコ良さに憧れて護身術を学ぶという方も少なからずおられることと思いますが・・・。
目的次第では逆効果になることも
護身術を学ぶ目的が”暴漢撃退”であるならばあなたの意思は「暴漢を撃退したい」ということになります。ということはそのような現象を自ら招いてしまっても不思議ではありません。”生兵法は大怪我の基”といいます。もちろんいざという時のために技を磨くことや知識を持っておくことは大切ですが、どのような心持ちで稽古に取り組むのかが何より重要であると考えます。
あくまでも守り重視。自らは攻撃の意思を持たないというのが大前提です。
では何を目的にして護身術を稽古するのか
もちろん技の稽古を行いますが、その目的はいざという時に備えるというよりも危険そのものを避ける、寄せ付けないために”自らを高める”ということにあります。
【類は友を呼ぶ】
暴力や危険と同じ目線、同じ波動の上に立たないよう、自らを高めることを理想としています。そもそも暴力とは波動が荒々しく粗雑であり低いもの。そこに自らの意識を合わせるのではなく、精妙で健全な波動へと自らを高めていくように意識を向けることです。
そうすれば波動が合わなくなり、危険や暴力に遭遇する確率は格段に下がると私は思うのです。
護身術を学ぶ上で一番大切なのは日頃から健全な精神と行動に心がけておくことがなによりも大切です。
心と身体の合氣護身武術
現代に潜む危険は暴力という目に見えるものだけではありません。むしろ目には見えない不安や心配といった”氣の持ちよう”がもたらす不調の方が圧倒的に多いと思います。
無限道場の合氣護身武術とは
氣の特性を活かした護身武術の稽古を通して”氣”の働きを学び、益々活性化する方向へと自分を高めることを目的としています。