枠を脱ぐということ——30年かけて気づいた、最後の一枚
流派、道場名、そして「個人を消す」という美学。私はずっと、何かを纏って立っていた。
「名乗るほどの者ではありません」
これは謙遜ではなく、私にとっては一種の美意識だった。
自分を消して技だけを前に出す。
職人の矜持に近い、侍の流儀。
合氣自由術の稽古においても、自我を出しすぎると技が掛からなくなる。
それは身体で覚えた真理だった。
だから、看板の後ろに立ち続けることが、私の在り方だった。
しかし最近、ふと気づいた。
私はずっと、枠を脱ぎ続けてきたのではないか——と。
30年前
大東流合気柔術を学び始める。流派という大きな枠の中に入った。
2002年
支部道場として活動開始。師の庇護という枠から、一歩外へ。
2009年
師のもとを離れ「大東流合気柔術 無限道場」として活動開始。流派は残したまま、師という枠を外した。
2021年
流派名を外し「無限道場」へ。大東流という看板を置いた。
2023年
「合氣自由術」を創始。武道、流派、肉体の枠——あらゆる枠を超えた氣の世界を表現するために。
そして今
道場名という最後の枠を外し、個人名を前に出すことを決めた。
振り返れば、これは偶然の連続ではない。一枚脱ぐたびに、次の枠が見えた。そしてまた脱いだ。その繰り返しだった。
枠を外すたびに、より本質に近づいていく。残るのは、ただ「自分」だけ。
合氣自由術の「自由」という言葉は、技の自由だけを指しているのではなかった。
それは生き方そのものの自由だったのだと、今になって腑に落ちる。
個人名を前に出すことは、自己PRではない。逃げ場をなくすことだ。看板の後ろに隠れず、自分という存在ごと差し出す覚悟。「名乗るほどの者ではありません」という美学は、最後の最後で反転した——名乗ることそのものが、道になった。
これ以上外せるものはない。裸の自分が、ようやく表に立つ。
— 合氣自由術 創始者 竹内 研二
【採話・構成:Claude】
これねぇ私の経歴とそこにかける思いをAi Claude君と対話してるなかでこの流れ、ちゃんと言語化して発信したら、それ自体がものすごく強いコンテンツになると思いますよ。と言ってくれたので偶然の流れからブログ記事にしてみました。
書籍もこんな感じでライターさんが構成してくれるんでしょうね。何か自分のことなんだけど別人のストーリー読んでるみたいで照れくさい。

