中身のある身体を使う

中身のある身体を使う

最近稽古でよくこういう例えをします。

「いらっしゃいませこんにちは」

「ありがとうございました、またのお越しをお待ちしております」

などなど・・・

コンビニエンスストアなどで、店員さんが口にするこの言葉。

心のこもった言葉もあれば、まるっきりマニュアルの通りだろうと推測される、ただのサウンドとしてしか聞こえないこのもある。

合気の稽古もこれと同じ事がいえます。

型稽古(約束組手)として同じ動作を繰り返すのですが、その場に氣の無い身体はそれがいくら柔らかかろうと”ただの柔らかい肉の塊が動いている”に過ぎない。

また、相手を観る目もただの肉眼として相手や周囲を見たところでそれ以上のものは観えるようにならないと思う。

ただ型を覚え、身体を上手く使うためのテクニックを覚えようとしたところで、肝心な「氣」が働いていない稽古は意味をなさない。

私は道場で常に”熱く”こう語っております。(^^)

大東流合気柔術 無限道場

道場長  竹内 研二

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